1917年創立の理研を、古い研究室の話で終わらせないために
1917年創立の理研を、古い研究室の話で終わらせないために
理化学研究所、通称「理研」が1917年に創立されたという話を読むと、最初は年号だけが目に入ります。でも、化学を勉強している身としては、この年号よりも「日本に総合的な自然科学の研究機関をつくる」という発想が、当時どれくらい大きかったのかが気になります。
研究機関は、知識を保存する場所ではない 研究所というと、完成した発見が並んでいる場所のように考えがちです。けれど実際の研究は、測定値が合わない、試料が少し変質する、同じ操作をしても結果が揺れる、というところから始まります。私の実験でも、きれいな反応式を書いた時点では分かった気になりますが、実験ノートには「色が思ったより薄い」「攪拌のタイミングが違ったかも」といった小さい違和感が残ります。理研のような研究機関の歴史を見ると、研究所は知識を保管する建物ではなく、まだ説明できない現象を扱い続けるための仕組みなのだと感じます。
1917年という距離をどう見るか 理研の創立には、化学者の高峰譲吉らが関わったと紹介されています。高峰譲吉の名前は授業や科学史で見かけますが、人物名を暗記するだけだと、研究の環境をつくることまでが科学の一部だという点を見落とします。研究者が実験を続けるには、装置、試薬、記録、技術を引き継ぐ人、そして失敗をすぐ成果にしなくてもよい時間が必要です。個人のひらめきだけでは、長い研究は続きません。
学生の実験ノートにもつながっている 理研の創立史は、自分の実験とは遠い話に見えます。ただ、研究を「結果を出す作業」ではなく「再現できる形で問いを残す作業」と考えると、少し近くなります。今日のノートに書くべきなのは、成功した反応だけではなく、温度や順番、見落としたかもしれない変化です。未来の自分が読み返したとき、なぜ結果がずれたのかを考えられる記録にしたい。理研の投稿を見て、研究の歴史は有名な発見の一覧ではなく、問いを受け渡す方法の歴史でもあるのだと思いました。